■レポート、雑感リスト  
「外出禁止・往来禁止・エルサレム入り禁止という暴力」
 
こんばんは

今年に入ってまた検問所(チェックポイント)増設
そして、連携を取り合っていた乗合タクシーの
取りしまり(車の没収)など、信じがたい制度の強化です。
いったいどんな権利があって、イスラエル政府は
こんなことを可能にしてしまうのでしょうか。
パレスチナ人は、黙って従うほかないのでしょうか
こうした沈黙の暴力が、静かに、息の出来ない時間のように
パレスチナの人々を窒息死させてしまいます。
どうしたらいいのでしょうか。

森沢典子【転載可】

エルサレム、早尾です。

以下の件についての実態を記しておきます。

 僕はこれは、西岸全体にとってひじょうに深刻な問題になっていると思います。
> 最近、別のベタ記事で、エルサレムの市民権を持っていて、西岸の
>バイパスも通れるタクシー・ドライバーの取り締まりを強化し始めた
>というニュースに接しました。エルサレムのドライバーが、自由に移
>動できる身分証とナンバープレートを利用して、西岸の人々の移動に
>手を貸していることに目を光らせて、西岸の中の移動をさらに制限し
>ようという方針です。

 この1月はじめからこの取り締まり強化が始まったのですが、これによって、
どのような事態になっているか。イスラエルの市民権を持つ東エルサレムのドラ
イバーが、パレスチナの市民権を持つ人を乗客で乗せたことが、イスラエル軍・
警察に見つかった場合、懲罰として車を一ヶ月間没収されます。これは、一ヶ月
間仕事をさせない、一ヶ月間無収入にしてしまう、ということです。
もちろん、ただでさえ経済状況が悪いのに、一ヶ月間仕事ができないというのは、
ものすごい打撃になります。

 そしてイスラエル軍・警察は、検問所を1月から大量に増設し、取り締まり強
化を始めました。最初から大量の検挙・没収車が出ました。これまでは、普通に
日常的に西岸のパレスチナ人を乗せて、東エルサレムとの往復をしていたのです
から、突然の締めつけ強化と突然現れた検問で、なすすべもなく捕まりました。
 この見せしめは、大きな効果を持ちました。タクシー・ドライバーたちも、自
分らの生活がかかっています。捕まるわけにはいきません。どうするか。彼らは
こう言います。「いまや自分たちが『警察』になっている。警察のように、自分
たちがパレスチナ人の身分証をチェックし、パレスチナの身分証かイスラエルの
身分証(東エルサレムの住民)かを見る。悲しいことだけど、パレスチナの身分
証を持っている人を乗せるわけにはいかない。」

 パレスチナの身分証は、オレンジか緑のカバーで(自治政府発足以降色が変わ
った)、イスラエル発行の身分証は青のカバーです。もちろん中には「パレスチ
ナ」か「イスラエル」かが明記されています。これまでは、イスラエルの兵士が
いやらしく、ためつすがめつ身分証を眺め、他の書類を要求し、なんてことをし
ていたわけです。みんなその様子を、感じ悪ぅ、腹立つぅ、と思って見ていまし
た。揚げ句、「お前は降りろ」と。今度は、その役割を、タクシー・ドライバー
本人がしなければならなくなった。

 受けられるサービスに差があるとか、そういうレベルをはるかに超えて、西岸
の住民と東エルサレムの住民の間に、明確に分断を持ち込みました。片やチェッ
クをする側、片やチェックをされる側。
 これはさらに、西岸と東エルサレムのパレスチナの、日常生活に大きな打撃を
与えています。仕事や買い物、家族や親戚の訪問、友人と会うこと。東エルサレ
ムと西岸の間には、この占領下でも、相当の往来がありました(もちろん、西岸
の各街の間でも)。そして、それを支えてきたのが、バイパスを通ることもでき、
チェックポイントの通過も比較的容易なエルサレム・ドライバーでした。この措
置によって、西岸の住民が、仕事や買い物や家族に会うために、エルサレムに来
ることが、ほぼ不可能になりました。

 問題はそれだけではありません。単純に、利用客が半分になったことを考えて
ください。もちろん、ドライバーの収入が半減したということでもあるのですが、
それだけではない。「乗り合いセルビス」の仕組みをご存知の方なら想像がつく
と思うのですが、10人とか7人とか、乗客の人数が揃ったら出発します。その
人数が揃うための時間が倍になった。生活の時間を破壊していきます。人数が揃
わなければ、車の中で2時間待つとか、そういうことがざらにある。以前から待
つことはあったのだけれど、それが倍加する、と。急いで人数が揃わなくても出
発してほしければ、空席の分を払わなければならない。時間的・金銭的に、すべ
て生活コストになってくる。

 これに外出禁止令(カーフュウ)が組み合わされると、たいへんなことになる。
いま、外出禁止令は常に出ています。一般的に外出禁止令が「ある」とか「ない」
というのは、夕方5時ないし6時までの話です。それ以降は常にカーフュウ。だ
から、5時までに家に戻りたければ(西岸の家に戻るのでも、西岸から出るので
も)、遅くとも3時、できれば2時には乗り合いタクシー(セルビス)に乗って
いる必要がある。「今日は5時まで」と言っても、それは「5時になったら帰る
か」という話ではないのですね。

 昨日たまたま、南方面(ベツレヘム・ヘブロン行き)セルビス・ステーション
でお茶を飲んでいたら、目の前で一騒動ありました。3時過ぎくらいのことです。
両手の買い物袋を下げた女性が二人、ベツレヘムに帰るのにタクシーを探してい
るのですが、誰も乗せてくれないのです。彼女らはパレスチナ身分証を持ってい
るから。もちろん空席が埋まるのを待っているベツレヘム行きのセルビスはある。
でも、それに乗せるわけにはいかない。

 多少声を荒げて、乗せてくれるタクシーはないのか、と慌てる二人。しきりに
時間を気にしていました。最終的には、じゃあ自分が乗せていくから、というド
ライバーがいましたが、もちろん彼は危険を承知で、すべてのチェックポイント
を裏道・山道・道なき道で避けて、ベツレヘム入り口近くまで行くことでしょう。
二次インティファーダ以前であれば、ベツレヘムの中心まで15分か20分とい
う時間距離です。さていますべてのチェックポイントを避けて行けば、何分かか
るか。1時間以内にはベツレヘムに入るチェックポイントの近くまで行けると思
いますが、歩いて中に入り、中でタクシーに乗り換え。それを考えると、家まで
1時間半はみないといけません。3時過ぎたら焦るはずです。

 支払うお金は、2人で10席分が基本になりますので、いまだと10シェケル
かける10で100シェケル。これを二人で払うのでしょう。もしかするといく
らかの割り増しがあるかもしれません。これも2次インティファーダ以前であれ
ば、4シェケルとかでベツレヘムの中心まで行ったはずです。
 これらがすべての時間とお金が生活コストになっているわけです。

 このMLの中にも、お世話になったことがある人がいると思いますが、あのタ
クシー・ドライバーも捕まりました。現在車を没収されており、しょんぼりして
いました。フセイン・ハリーリーを日本に送りだすのに、大活躍をしてくれたあ
の彼です。フセインの訪日が1月だったら、また逆にこの取り締まり強化が12
月からだったら、いかにあの敏腕ドライバーであれ、フセインは来られなかった
かもしれません。事実あの時、フセインを乗せてナブルス・フワラを離れて最初
のチェックポイントで通行拒否に遭っていますので。これは、今月であれば、即
座にその場で逮捕・車の没収になります。

 あの日、テルアヴィヴでビザを受け取った後、フセインを迎えに行く道すがら、
ナブルスに向かう道路の途中で、西岸タクシーからチェックポイントで降ろされ
歩き始めたおばちゃんら10人全員を、タダで路上で拾って、ナブルスの入り口
まで送り届けた彼です。仕事人できっちりしているけれど、情も溢れる人なので、
本当に困っている人がいると、躊躇せずに助けてきました。その彼が、いまでは
自ら「警察」の役割をして、西岸の人をはじかなければならない。それはひじょ
うにつらいことだと思います。それを強いる今度の制度変更は、残酷なものです。
 外出禁止・往来の禁止・エルサレム入りの禁止という暴力は、さらにもう一線
を超えたように思われます。
1月31日
   
 
森沢典子
 
midi@par.odn.co.jp